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定吉のはなし

2008/06/29 Sun
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 ピースが寝てしまったので、今日は昔飼っていたペットの話でもしてみましょうか。
 いや、ペットって言っても犬じゃなくて猫なんですけどね。


 僕が初めて生き物に名前をつけたのは18才の時だった。
 小さな頃から金魚や昆虫等の小動物を飼ってはいた。だが不思議とそのどれにも名前をつけた記憶が無い。そのことが今考えても不思議で仕方がない。
 僕は世間一般の人たちよりも、かなりのロマンチストであると自覚している。ベタなシチュエーションに浸ってうっとりするのが大好きだ。夕日をみれば思わず走り出し、息子の保育園の卒園式では人目もはばからず号泣するのだ。そんな僕だから、飼っていた小動物には、映画やテレビドラマに倣い、名前くらい付けていたはずだ。ところがいくら考えても、当時飼っていた金魚や、雌のカブトムシ、ゴマダラカミキリ、どじょう、クワガタ虫、どれにも名前を付けたという記憶がない。

 幼年期から少年期にかけての僕は、犬や猫を飼うことにとてもあこがれていた。やはりペットの王道といえば犬か猫だろう。フランダースの犬のパトラッシュや、刑事犬カール、そして新造人間キャシャーンのフレンダー!! 物語に登場する賢い犬猫たちは、主人公のよき友人であり、時には危機から救い出してくれる頼もしい味方だったりした。いなかっぺ大将のにゃんこ先生に至っては、主人公大左衛門の柔道の師匠であった。僕は頼れる味方や、風変わりな友人が欲しかったのだろうか。それとも物語の主人公になりたかっただけなのかもしれない。そしてほとんどの場合、主人公が飼っているのは、昆虫や金魚ではなく、大きく強い犬や、賢くて気まぐれな猫だった。
 どうやら当時の僕は、犬猫を飼うことに憧れるあまりに、その他の動物たちの事は、ペットとは見なしていなかったようなフシがある。だから上に並べ立てた小動物たちの、どれにも名前が付いていなかったのだ。

 では何故犬か猫を飼わなかったのか。
 小学生の僕には、自分の家では犬や猫は絶対に飼わせてくれないだろうという思い込みがまずあった。「親という人種は、子供が一番に望んでいる事は決して実現してくれないものだ」という妙な決め付けが、そこにはあったかもしれない。
 ある物事が実現不可能であるという思い込みは、逆にその事に対するあこがれを増幅させる。駄目だと言われると尚更飼いたくなるのが人情だ。かといって僕は、通学途中に見かけた捨て犬を、こっそりと連れ帰ってくるというような根性の入った動物好き(カオのような)でもなかった。

 ところが子供の僕が遠慮しているというのに、ある年の秋、母が突然小猫を拾ってきたのだ。
 うちの母も、息子の僕に負けず劣らずのロマンチック体質で、情の深い性格でもあり、当時もう40才を過ぎていたというのに(よく考えると今の自分と同世代だ、ひぇっ)、捨て猫を連れて帰ってくるような人だった。

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 それは茶色いヨモギの小猫だった。母が外回りの仕事中に、通りかかった公園で見つけたのだという。可哀想なことに、しっぽがくの字に折れ曲がってしまっている。いったいどこからやって来たのか。
 僕は両手を小猫の前脚の付け根に差し込み、そっと抱き上げてみた。びっくりするほど軽い。まるでしぼんだぬいぐるみの様だ。これが本当に生きている動物の重さだろうか。だが生き物であることは間違いないのだ。その証拠に腕の中でじたばたと動いているし、盛んにニャーニャーと声も出している。ところが重さを殆ど感じないくらいに軽いのだ。僕はその小猫が全身から発している生命力の強さと、それに相反するかのような体重の軽さ、その2点のギャップに、頭がクラクラとしたのを強烈に憶えている。
「こいつは信じられないくらいに、小さくて、軽くて、それに弱い。だけど確かに生きている!」
こいつを元いた場所に返してくるなんていうのは、とても出来ない相談じゃないか。

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 小猫を前に勝手に盛り上がっていた母と僕だったが、父と祖母の反応はどうだっただろうか。
「家族の同意も得ずに猫なんかひろって来て・・・いまさら捨ててこいとも言えないじゃないか。」
と面白くなさそうな様子。リアクションとしては、しごく真っ当、容易に理解できる反応だ。なにせ相談も無しにいきなりのことだったから。
 ところが母はまったく意に介さないのであった。というか母としては、その小猫を飼う飼わないは別として、その場に置き去りにすることがどうしても出来なかったらしい。いささか衝動的に過ぎるきらいはあるが、しかしその言い分にも否定しがたい物がある。
 そうして半ばなし崩しのように、その小猫は僕の家で飼われることになったのだった。

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 さて、その小猫を飼うにあたり、名前をつけなければならない。僕にとってのそれが初めて経験する名付けの作業だった。
 どれくらい悩んだろう。その辺のところはよく思い出せないが、割と気軽に「定吉(さだきち)」と名づけた。当時読んでいた小説の主人公の名前をもらったのだ。
 なかなか人の意表をついていると自分では思っていたその「定吉」という名前は、口にする度にしっくり感が増してくるという不思議な語感を持っていた。
 定吉という名前でよいのかどうかという事を、一応他の家族にお伺いをたてると、特に強硬な反対意見も出なかった。僕は、間に合わせで急造した発泡スチロール箱のトイレの脇に立て札を立て、そこに黒マジックででかでかと「命名・定吉」と書いた。
「今日からおまえは定吉だ」

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 定吉は、僕の黒いコンバースがお気に入りで、二つ並べたそのバッシュの上で、いつも丸くなって眠っていた。僕も僕で、猫の毛にまみれたバッシュを、特に気にもせずに履いていた。
 その当時、僕はデザイン学校でグラフィックデザインを学んでいたのだが、せっかく書き上げた提出課題の上で定吉に寝られてしまい、あわや書き直し寸前ということも何度かあった。
 食卓に準備してあった料理を盗み食い、なんて事もしょっちゅうやった。それを見つけた祖母が
「こんのぉ、極道猫ぉ!」
などと叫びながら定吉を追い回す姿を、ほほ笑ましく思い出すことができる。(極道て)
 そういった些細な面倒をかけられる事はありはしたが、僕は定吉と生活できることが嬉しくてならなかったので、そう苦にはならなかったと記憶している。
 課題の提出期限に追いまくられる学校生活はかなりキツイものだったし、プライベートでは恋人もいなかったので、18歳の僕の毎日は総じてパッとしないものだった。しかし家に帰れば定吉が待っていた。大げさな言い方になるが、定吉は当時の僕にとり、はっきりと何がしかの精神的な支えを与えてくれていたと思う。

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 ところがその定吉、飼い始めて何年か経ったある秋の日に、突然にプイと家から出ていってしまった。
 しかし2週間以上に渡る長期の家出はそれまでにも何度かあった。だから僕は、出ていった定吉の事を心配はしつつも、そのうち帰って来るだろうとタカをくくってしまった。そしていなくなって何日目かには、近所を探し回ることもやめてしまった。
 だがそれからさらに1ヶ月ほどが過ぎた冬のある日、家から徒歩10分ほどの路上で、定吉が死んでいるのを、畑仕事に向かう途中の祖母が見つけた。
 路傍に横たわる定吉の亡きがらは、頭を家の方角に向けていたというから、家に戻ってくる途中だったのかもしれない。
 もしかしたら、帰り道が分からなくなって、さんざん迷って、もう少しで我が家にたどり着くというところで力尽きてしまったのだろうか。そういう風に考えるとやりきれなかった。もっと一生懸命探してあげればよかったと後悔した。いったい1ヶ月もの長い間、どこで何をしていたのか。好きなメスでもできたのかな。家のすぐ近くまでたどりついていながら死んでしまうなんて・・・
 定吉の亡き骸は、自宅から歩いて10分ほどのところにある、うちの畑の隅っこに埋められた。

 今から20年近く前のその当時は、ペットの飼い方に関する常識は、今とは比較にならないくらいにゆるかった。だがその事を割り引いて考えても、定吉の飼主としての僕の意識は、決して高いとは言えなかった。
 定吉はいつでも好きな時に家から出ていけたし、僕はその事に関して何の疑問も持っていなかった。そしてその事が、定吉を路上で野たれ死にさせてしまった最大の原因であると今でははっきりと分かる。
 定吉がいなくなった時、僕はすでに成人していた。子どもではなかったのだ。いったい当時の自分は何を思って、可愛がっていた猫を野放しにしていたのか。
 定吉には本当に申し訳ない事をした。悔やんでも悔やみきれない。


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 今、すぐそばで眠っているピースを見る時、僕は、自分の心の奥深い場所に在る、最後まで面倒を見てやれなかった定吉に対する負い目や後悔、そういった物の存在を確かに感じることができる。自分にはそのフィルタを通してしか、ピースを見ることが許されていないのだとも思う。
 定吉にはもう何をしてやることもできない。だからなおさらピースの面倒はしっかりとみないといけない・・・と、そんな風に思うのだ。

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 非常識に長い駄文を最後まで読んでいただきありがとうございました。


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この記事へのコメント
おはようございます。
定吉君は、ズウミさんや家族に、たくさんの愛情を貰っていた
ことをすごく感じましたヨ。
私は、初めて飼った犬の時に、知識もなく可愛いだけで育ててしまいました。
機嫌が悪いと牙を剥くしw
大きな体で手加減無くジャレテくるしw
可愛いからと好きなモノを与えてしすぎ何度かお腹を壊させてことがあります。
完全に、飼い主失格です。
我が家のニャロメ(猫)は、12年程前、犬の散歩中子猫を拾い困った中学生に出会い、
私に任せとき!と…その場の勢いで飼い始めたのがきっかけですw
ニャロメさんは怖がりなので、室内から出ることは無いのですが、
気をつけないといけないですね…。
家から出たことが無いので、不注意で出してしまったら帰ってこれないですから…。
HANA | URL | 2008/06/29/Sun [EDIT]
ズウミさんのペットに対する思いがつたわってきました。
命の大切さを身をもって知ったんですもんね。
うちはあんちょびが初めてのペットで、もともと夫婦揃って犬が苦手(汗
でも飼い始めると可愛くて仕方ありません。
あんちょびのいない生活なんて想像できません。
この先ずっと、あんちょびと共に家族全員が平和に暮らせたらと、
あらためて思いました。
あんちょびパパ | URL | 2008/06/29/Sun [EDIT]
■HANAさん
定吉の事は常に心に引っ掛かっていて、このブログを始めた時から、定吉についていつか書かなければいけないと思っていましたので、これでずいぶんスッキリしましたよ。

■あんちょびパパさん
夫婦揃って犬苦手だったんすかw
変われば変わるもんですねえ・・・
お互いに、少しでも長い時間を愛犬と過ごしていきたいですね。
ズウミ | URL | 2008/06/29/Sun [EDIT]
私も以前に祖父母の猫について書いたことがありますが、ズウミさんも似たような後悔の気持ちを持たれていたんですね。
もちろん定吉もうちの猫も不幸だったかどうなかんてわかりませんし、飼い主の自己満足でしか判断できないのかもしれないですけど、だとしてもそれでも今度こそ幸せな生涯にしてあげたいですよね、ピースくんも男爵も。
ハル | URL | 2008/06/29/Sun [EDIT]
■ハルさん
実はハルさんが先日書かれた日記には、かなり刺激をうけてます。
今回のこの日記は、5年前に途中まで書き、しかし上手にまとめる事ができずに、そのまま長いこと放置してあったのを引っ張り出して、手を加えて完成させた物です。
今回も上手にまとめる事ができたとは言い難いですが、長年の思いを吐き出す事ができたのは、自分にとっては良かったかなと思います。
ズウミ | URL | 2008/06/30/Mon [EDIT]
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